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謎野私小説「ハイ・ライト」その1

 グルメな店の一つも知らないままに三十路を過ぎてしまったなあ、とぼんやり思いつつ提供を待っていると、奥の厨房から明るい声が聞こえる。バイト仲間なのだろう、和気藹々といった私語が飛び交っている。
 
 閑散とした吉野家の固い丸椅子の上で、私はバイト仲間たちがうらやましいと思った。なんで私はあんな風に人と仲良くなれないのだろう。
 その答えは実は知っている。だけど悩んだフリをしなけりゃ、生きていけない。

 さっさと牛丼を胃の中に入れ込み、足早に吉野家を出ると、腹は満たしたものの、心が空しいままだと気づく。そうなるといつものようにポケットに手をやり、スマートフォンを取り出してさっき書いたYahooのニュース記事のコメントに「いいね」が付いているかを確かめる。3つ「いいね」が付いていた。微弱な愉悦。まるでおしゃぶりをしゃぶる赤子のように、微弱な愉悦に頼りきっている。
 どこの誰かも分からない「いいね」だけが自分の心の支えかと思うとまた空しいので、がむしゃらに歩を進める。すると向かい側から若いカップルが歩いてきたので方向転換して道を変える…。

 私にはもう6年も彼女がいない。性交のやり方は知らないままだし、未だに女の人と喋ることすら緊張して困難な状態だ。テキパキと仕事をこなす会社の事務員さんは何が楽しくて生きているのだろう。彼氏?スイーツ?友達との会話?
 お菓子を上げると喜ぶ、話をすると喜ぶ。でも本当に喜んでいるんだろうか?
 性交のやり方も知らない非モテオーラ全開の私は裏で蔑まれていてもおかしくないだろうな。

 どうでもいいか。歩を進める。