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日記は止めましたが、今日から私小説を書いていきます

無題(一)[1,013字]

 平日のゴールデン地上波から巨人戦が消えてからもう何年になるだろうか。今日の新聞紙面にはかつて巨人軍で華々しくホームランを放っていた清原が有罪確定という記事があり、れっきとした罪人として無表情の顔写真付きで収められていた。

 子供の頃のヒーローはなんだったかと思う。仮面ライダーウルトラマン、いやお笑い芸人かサッカー選手か。音楽、音楽はあまり興味がなかった。中学生の頃でも周りが騒いでいた全盛期の「モーニング娘。」なんかにもまるで興味が湧かず、なぜか三十路になった今、「モーニング娘。」の後輩グループである「Juice=Juice」のライブに参戦していたりする。人生とは分からないものだ。

 舛添都知事が自慰、いや失礼、辞意を表明した。新党改革にいたころから胡散臭い人だと思っていたのでようやく失墜したかという感想だ。政治家は用心深くしなければならない。根本的な部分で謙虚でないといけない。その気持ちが舛添氏には欠けすぎていた。法律さえ守ればいい、常に他人を自分より下と決めつける、その不遜な気持ちが死角を生み、自らを破滅へと導いた。

 次の都知事候補をマスコミが書き立てているが、どれもこれも知名度の高い者ばかり。それもそうだ、都民は1300万人以上いるのだ。マスコミ報道に流されやすく「IQ」が比較的低い、構成者は主婦層、若年層、シルバー(高齢者)層など。具体的なことは分からないがイメージでモノを決めるタイプの人間が圧倒的多数である。結局、今も昔も自民党が知名度投票頼みで著名人を頼る。だから自民は嫌いなのだ。

 自分の中で古館伊知郎ブームが再燃している。古館がニッポン放送でゲスト出演した「高田文夫ラジオビバリー昼ズ」を聴いているとなぜか私も会社を辞めたくなってきた。報道のときと喋りがあまりにも違って生き生きとしているのである。定年後の年齢とはとても思えない。とにかく喋りたい、バラエティーがやりたいというシンプルな欲望に忠実な様は聴いていてすがすがしい。

 三島由紀夫のこの言葉を思い出す。『ある能力を持った人間が、その能力を使わないように制限されることに、人間として一番不自然な苦しさ、つらさがあることを知らなければならない』。何かに偏った職業というのは罪だ。

 私が何をやりたいかというと文章を書きたい。刺激的な人間と話をしたい。その程度である。

 スマホで「退職願の書き方」をググってみた。案外簡単そうだ。まだ童貞だ。