読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雑記

5月末に10キロ走に出場するので会社帰りに練習。

当日の天候を意識する。過去四年が25度前後の夏の気候での大会で、5年前が12度で雨の中開催されたとのデータが残っている。最悪のコンディションを想定して練習しなければならない。25度以上のカンカン照りの場合と、10度ほどでザンザン降りの条件を想定していく必要がある。暑さ対策としては当日は半袖短パンにするが練習では常に長袖長ズボンにする。特に会社帰りの夜は気温が冷え込むのでジャンパーを羽織って走った方がより暑さに慣らすことができる。雨の場合は長袖短パンが好いだろうが、服装に関しては合羽が必要かどうか考えなくてはならない。

どうして走るか?発狂しないためだ。家で隠隠滅滅とするよりは走るというただ一つの動作で精神衛生をよくできる。ただ走るだけでなく、何か証が欲しいために大会に出るということが必要であると感じたから大会にエントリーした。

headlines.yahoo.co.jp

はい、野党は与党の足を引っ張るばかりです。

headlines.yahoo.co.jp

太郎氏と中身は違うが、私もあまり開催に肯定的ではない。

一つはナショナリズムを高揚させる必要性が2020年に果たしてあるのだろうか、という疑問。東京は一度開催しているわけで処女でも童貞でもない。

核兵器のことも考えずに「温泉・グルメ・お笑い」というものに毒された現代の日本人にナショナリズムの高揚など望めるのだろうかというそもそもの疑問。

「オリンピックのやうな非常の事態に対抗できるものは、ただわれわれの

「しきたり」だけである」

 三島由紀夫は前回の東京五輪開催の時にこう述べた。日本の伝統と真逆にあるものが五輪であり、東京で開催しようがイスタンブールで開催しようが西洋の文化の踏襲に過ぎない。日本の伝統ではない五輪というもので日本的なものを発露させることの意味を今一度考えていきたい。