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孤卒

卒業シーズンであるが、私はまるで卒業に関する思い出がない。

高校時代は卒業式が終わったら速やかに帰路についていた。

大抵、式終了後に教室で担任が別れの挨拶というか一年の総まとめを述べて解散して、仲間同士や同じ部活の者がわちゃわちゃと固まって各々去っていくのが相場だと思うが、ろくな友人もいない私は、解散してクラスメートがわちゃわちゃと分散し、固まりだしてからいともあっさりと一人で帰っていた。

校門を出ると、ほかのクラスにいる似たような者がさっさと帰路に就いているかと思ったが誰の後ろ姿もない。平日の昼間、誰もいない通学路、曇天。まるで自分の高校時代を象徴するような風景。

燦然と話をする者たちから足早に遠ざかること。それは私の三年間で形成された礼儀であった。

高校一年、教室。仲間同士が明るく笑い声を出しながら話をしている様を私は独り、机に突っ伏しながら、聞かないふりをして過ごしていた。本当はそんなところからは一刻も早く脱出したかった。入学当初から人と群れを形成することに失敗し、進学校の授業時間の長さに閉口。あまりにもきつく、早くも生きがいが失せていた。勉強も運動も交友関係もすべてから遠のいていた。すべてに対して無気力になっていた。

高校二年、学力は壊滅的となり、交友関係もない。寝て起きて学校へ行って勉強もせずに帰って寝て起きて、ひどい生活であった。

高校三年、進路指導で留年する可能性があると注意され、恥をかき、補習を繰り返し、何とか単位をそろえて卒業を迎えた。思い出は皆無である。担任もクラスメートの顔も思い出せない。私はクラスのほとんどの連中と目を合わせることがなく、クラスメートの顔を知らずに過ごしてきた。石ころであった。存在はしているものの、私は石ころのような存在であった。

卒業式後、何も浮かばなかった。いつも通る路にもなんの思い入れもない。ただ、呆然と過ごした三年間。もはや後悔すら思い浮かばなかった。

無にしなければならない。私は高校時代を無にするためにそこの高校から歴史上、誰一人進学したことのない西関東のローカルな短大を受験し、進学を決めていた。高校の知り合いと絶対に会わない生活を過ごしたかったから地元にある低偏差値の大学も受けなかった。

結局、今思えば進学校の高校は身の丈にあっていなかったとしか言いようがなく、高校受験で燃え尽きて、高校デビューもせず、日々の生きがいを失い、たらたらだらだらと時間だけが経過した印象である。