雑記

広島県府中町の府中緑ヶ丘中学校にて中学3年生の男子生徒が誤った万引きの記録をもとに進路指導を受けた後に自殺した問題。

府中町立府中緑ケ丘中学校周辺の地図 - Yahoo!地図

うーん、この中学生はやりもしてないのに「万引き」というレッテルを貼られて泣き寝入りして自殺してしまったのだろうか。女の担任との面談で自分を否定されて落ち込んだのだろうか。個人的に思うのはこういうわけのわからない濡れ衣を着せられたら発狂してでも、担任の家の前で待ち伏せしてでも万引きの欄を削除してくれるまで徹底的に抗戦しないとダメだと思うんだけどな。取り繕ったって自分の心は癒せやしない。行動を起こすこと、それが自殺だったらどうしようもない。

私が中学生の時は「栃木女性教師刺殺事件」とかが起きていわゆる『キレる17歳』というレッテルを日本中の17歳が貼られて殺伐とした空気だったことを思い出す。正直、あの空気は嫌いではなかった。平和ボケした弛緩した空気よりもよほどよい官能的な空気だった。

加害者は今どこかで「馬鹿なことをした」と8200万円という莫大な賠償金を払い続けて生きているのだろうか。

今は軟弱な者が増えている気がする。不遇な学生、不遇な社会人(ブラック企業に務めている人など)、いずれも追い込まれれば自殺と殺人なら自殺を選ぶ者が多い。

たとえ無名であっても、あるいは社会的な地位がなくても、自殺は自己肯定を世の中に拡散することができる。まるで梅雨時期の湿気のように人々を惑わすことはできる。だが、湿気はやがて乾く。圧した者の思想まで改めることはできない、抹殺はできない。自殺はただその程度のことである。

学校や会社に行くということは人を殺す覚悟を持てていなければならないと思う。圧せられたら圧する者の思想を抹殺することを第一に考えることである。自己肯定などという安易な選択は不要である。万引き犯呼ばわりする人間を殺害するくらいの気持ちで行かなければならない。もちろん本当に殺人をしてほしいとは思わない。殺害するという意識が心に余裕を与える。所詮、こいつはすぐ殺せるという意識を持つことが大切なのだ。